中村邦夫さんのこと

ここ数日異常な忙しさで世間から遠ざかっていたが本日現世に戻ってみるとパナソニック元社長の中村邦夫さんのお別れの会というものが一週間くらい前に行われていた。

 

私は中村さんに会ったことは一度もなくて伝聞でしか知らないが、松下電器産業のころからパナソニックの歴代社長を並べて誰がいちばん好きかと聞かれたら中村さんと答えてしまいそうな気がする。よく知らない人には、中村さんの失政によってパナソニックは経営危機に陥ったなどと思われているだろうが、実態はおそらく違う。そもそも2000年頃の松下電器産業はなんだか怪しい不良債権を大量に抱えているような状態だった。

2011年~2012年頃のパナソニックが大幅な最終赤字だったのはプラズマの工場の減損もあったけどそれ以上に製品があんまり売れなかったり異常な円高が続いたこともあってキャッシュがなくなっていたからだと思う。テレビが地デジ移行の反動で売れてなかったという話はあるのかもしれないけど、携帯電話もコンパクトデジカメも全盛期と比べて全然売れなくなってしまっていた。そのへんを定量的に分析したような記事を僕は見たことがなくてよくわからない。でも携帯電話とデジカメだけで営利を数100億押し下げてしまってもおかしくないくらい2012年度は絶不調だったと思う。

例えば下記の2012年度と2010年度の決算ページの補足資料を見くらべてみるといろいろわかるはずだ。

https://news.panasonic.com/jp/press/jn130510-5

https://news.panasonic.com/jp/press/jn110428-3

2010年度から2012年度にかけて、テレビは9979億円から5254億円に、47%の売上減があったが、同じ時期にデジタルカメラは1837億円から1022億円に、43%売上が減少しているのだ。テレビみたいに地デジ化やエコポイントの反動があったわけでもないのにだ。携帯電話を含む移動体通信に至っては2010年度から12年度の間に主要商品ではなくなってしまい売上高が発表すらされなくなってしまった。

 

キャッシュがなくなってきたけど資産を沢山持っている会社がやるべきことは何か? 資産を売ることである。パナソニックはこのときかなり正しい優先順位で物事を進めたんじゃないだろうか。とにかく売れるものは売りまくるしかないということだ。このときにちょうど超円高で不景気になっていたタイミングだったせいでいろいろな売却損が巨額になり、さらに減損を積んだことにより巨額の最終赤字となった。

だからパナソニック社員の中でも経済に詳しい奴らは2012年度の決算発表で7543億円の最終赤字を見てもなんにも驚いていなかった。あれだけ安くなった不動産をキャッシュのために売らざるを得なかったのなら損失が計上されてしまったのもしょうがないし、2012年度は単独では経常利益がちゃんと出ていて(前年度赤字だったAVCネットワークスやデバイスも黒字化していた)、正しい会社になりつつある予感がしていた。

 

Wikipediaを見ると事実と異なるかミスリードを誘うようなことがたくさん書かれているように見える。たとえば冒頭の部分

プラズマテレビ事業を推進したが失敗し、社長退任後、1兆円を超える巨額の赤字を2年連続で計上し、経営危機を招いた。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E6%9D%91%E9%82%A6%E5%A4%AB

まるで2年連続で1兆円超の赤字が出たかのような書かれ方だが実際には2011年度が7722億円の赤字、2012年度で7543億円である。そしてプラズマテレビ事業を推進してしまったことが理由の全てであるかのような書かれ方もどうかと思う(同時期に、年金運用リスクを企業からなくすための確定拠出年金制度への移行などが行われ、そのための費用が必要であったことは明白であるし、他のいろいろなものの減損もおそらくしているだろう)。

 

Wikipediaから参照されている https://gendai.media/articles/-/36089 の記事には、下記のように書かれているが、これはちょっと違うと思う。

パナソニックは、中村氏が社長・会長時代、プラズマへの過剰投資や三洋電機買収などの合理性を欠いた経営判断ミスと、それらが間違っていたと分かった後もミスを糊塗したため、「傷口」を拡大させていった

三洋電機買収にはおそらく過去のしがらみが大きく絡んでいる合理的な理由があったのだと思う。中村さんが社長になるまで、松下電器産業はたくさんの闇や怪しい部分があった(それは僕がまだ若かったというだけかもしれないが)。松下興産もどれだけ負の遺産を抱えているかわからないし、どこまでが電器産業と関連しているのかわからないけど、電器産業と重複している事業をやっている松下の名のつくたくさんの会社(通工とか電工とか、九州松下とか寿とか)の整理もどうつけていいのか謎に満ちていた。しかし中村さんが会長を退いたときには、そのへんの気持ち悪い感じのものがかなり消滅してクリーンになっていた。

シャープのように身売りすることなく、東芝のように家電部分を売っぱらってしまうこともなく家電メーカとしてまだ生き長らえているのはあの2年間の巨額赤字とそれに耐えたそれまでのストックの賜物であり、世間での評価は非常に悪いが僕はあの時期にパナソニックの社長が中村さんで、それはとても良かったと思っている。

 

2014年以降のパナソニックの株価が冴えないのは残念でしかない。