所沢サクラタウンにある角川武蔵野ミュージアムに、歴史的なパソコンがいっぱい展示されているというので、割と家から遠かったんだけど行ってきました。
kadcul.com
この展示は4月6日までの期間限定なので、気になる方はぜひ。
まずHITAC 10が置いてあって、わりと感激しました。
HITAC-10 中身が見えるように開いた状態で置かれていましたHITAC 10は1969年に日立から発売されたミニコンで、まだ半導体メモリがなかったので磁気コアをメモリとして使っていた。これにはそのコアメモリのモジュールが2つ内蔵されているように見えた。
HITAC-10の筐体内のプラッタ部分検索してみると昭和44年の日立評論に下記のような記述があったので、1つのメモリモジュールが4K word ということがわかった。1wordは16bitなのでこの2つのメモリモジュールで16KBなのだろう。
H-1610処理装置は
(1)演算処理部
(2)記憶装置部(4K語)
(3)入出力インタフェース制御部
(4)H-9331形データタイプライタ制御部
(5)操作盤
(6)電源
より構成されており,処理装置の中に収容されている。処理装置きょう体中にほ上記(1)~(5)を収容するプラッタ(48ピン・コネクタ約60個実装)のほかに,基本拡張機構と記されている第2のプラッタを実装する。基本拡張機構の上には
(1)基本増設記憶装置(4K語)
(2)経時時計機構
(3)テープ読取制御依構
(4)テープせん孔制御機
の四つのオプションがプラグイン形式に実装される。乗除算,倍長計算およびインデックスを行なうための付加機構である付加命令磯構は最初の処理装置のプラッタ上にプラグイン形式で実装される
http://www.hitachihyoron.com/jp/pdf/1969/11/1969_11_06.pdf
写真の右側のスロットの列が(1)~(5)を収容するプラッタであり、左側の列が基本拡張機構のプラッタなのかと思う。しかしほとんどのスロットの埋まっているのはすごい。このHITAC-10はASR-33(もしくはその同等機)というテレタイプ端末と接続されて使うことを想定されていたようで、そのASR-33も少し離れた場所に展示されていた(写真を撮ってくるのを忘れていた)。
HITAC 10は科学用計算機としての用途をメインとして開発されたようだけど、ある程度は他の用途にも使えるように考えていたみたいで、上の日立評論のイントロダクションの部分にも
「システム設計の上で演算の高速性と多様な命令群,融通性に富む入出力インタフェースを用意したため,単に小形科学用計算横としての用途に止まらず,多方向への応用が可能である」
とある。一般的にどう使用されていたのかはよくわからないが、同じく日立から1975年頃に発売されていた、アナログ計算機とデジタル計算機の両方が使えるハイブリッドコンピュータS-300というのがあり、それのデジタル部分を担うという役割も果たしていたようだ。6年後の機械の1コンポーネントとして使われるというのはそれなりの汎用性の高さを証明していると思う。
その他はだいたい8ビット時代のコンピュータが並んでいた。
IMSAI 8080これはIMSAI 8080というやつで、Altair8800の互換機だった。見てわかるようにHITAC 10と同じようにディスプレイやキーボードがなく、やはりASR-33のようなテレタイプ端末、またはディスプレイを備えたダム端末と接続するのが一般的だったらしい。1975年の発売だ。1969年のHITAC 10はDRAMではなかったしCPUもTTL ICを組み合わせて作られていたが、こちらはSRAMまたはDRAMのチップと、Intel 8080 CPUを使って作られており、その後よく見かけるパソコンと似たような構成となった。この5年間のIC・LSIの進化はコンピュータの中身を変えたが、本体の見た目はあまり変わりばえがしないように見えた。
その後本体にキーボードを備えたいわゆるパーソナルコンピュータの時代になっていく。1977年にはオールインワン型のPET-2001がCommodoreから発表された。ほどなくしてApple IIが発表され、実際に商品が出荷されたのはApple IIのほうが早かった。PET-2001と同じくしてTandyもTRS-80を開発していた。
Commodore PET-2001PET-2001はディスプレイやカセットレコーダなども含めた一体型になっており、キャラグラフィックが特徴的な文字セットなども含めてシャープのMZ-80K/Cに大きな影響を与えただろうと思われる機械だ。実物を見るのは40年ぶりくらいかもしれない。キーボードの小ささが印象的だが反応が悪くて評判は最悪だったみたいだ。
シャープのMZ-80K。1978年発売
NECのPC-8001。1979年発売米国でPET/TRS/Appleが三つ巴の争いとなってしばらくして、日本では1978年に日立のベーシックマスターMB6880が、シャープのMZ-80K/Cが発売され、翌1979年にはNECがPC-8001を発売してパソコン御三家と呼ばれるようになった。ベーシックマスターはあまり売れてなかったようで、1981年に富士通がMicro8を発売すると御三家はPC・FM・MZになった。
あらゆる展示品を紹介していくとキリがないのだけど、展示品のメインは8bitパソコンで、16bit機は初代PC-9801とPC-100など、そしてAppleとNeXT製品を集めているコーナーがあった。でも、1980年代後半以降は、外観だけを見てもよくわからないだろうなという感じです。あの時代の、どんどん性能が進化して、できることが増えていく感じは、どのように表現すればうまく伝わるのか、なかなか難しい。これは両国のドコモ歴史展示スクエアでも思ったことだ。ドコモ展示スクエアのオフィシャルページは下記で、こちらは期間限定ではないのでいつでも。
www.docomo.ne.jp