料理のレシピが特許になるのかどうか

ちょっとまえの特許のエントリに対して「ソフトウェアでここまで広範囲な特許や詳細な特許が認められ、料理レシピに特許がないのはアンバランス」「料理のようにアレンジで進化していく文化にならない」というようなコメントがあった。

 

結論としては料理のレシピのような特許はバンバン出願されているし登録もされている。業として実施しないことが前提だからレシピサイトでは誰も特許なんて気にしていないだけで、たとえばカレーを大規模に提供しようとした場合にハウス食品から訴えられてしまう可能性はわりとあるんじゃないか。レシピが進化していっているのは小規模に提供しているからであって特許制度は関係ないと思う。

 

ハウス食品が過去取得していた特許に特許3065480というのがある。

(11)【特許番号】特許第3065480号(P3065480)
(24)【登録日】平成12年5月12日(2000.5.12)
(54)【発明の名称】カレーの調理方法
(21)【出願番号】特願平6−90836
(22)【出願日】平成6年4月28日(1994.4.28)
(65)【公開番号】 特開平7−289214

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-3065480/1FCE6E24416F4AE76CED59F7C5EE60BD149CB61A42D256D42C4ED60E0690D469/15/ja

「特許請求の範囲」は下記のようなもので、これが登録されたとき多くの人が衝撃を受けたと思う。あまりにもあたりまえにやってしまいそうなことが特許として認められてしまったような気がした。

【請求項1】  常法通りカット・調製した玉葱、じゃがいも、人参、肉などの具材に、水とスパイス抽出物を加えて加熱し、沸騰後さらに10〜20分間弱火で加熱した後、小麦粉ルウとカレーパウダーを加えるか、あるいはカレールウを加え、さらに粘性が出るまで加熱することを特徴とするカレーの調理方法。

 

実際のところ普通にカレールゥの説明通り作ると、上記の「水とスパイス抽出物を加えて加熱」のところでスパイス抽出物を加えることはしないので特許に抵触しない。

そしてレシピサイトで「普通にカレーを作るのではなく、水と一緒にスパイスを入れると具材がスパイシーになるぞ」みたいな作り方の紹介をするのもOKだと思う。レシピサイトで共有されている製法は、業としてそれを行う人に向けたものではないからだ。僕はカレーに詳しくないからよくわからないが、ハウスはこのとき、具材に水を入れるタイミングで同時にスパイスパウダーを投入して調理するタイプのカレールゥ商品を発売したか発売しようとしていたかなのかと想像している。

この特許の10年ちょっと前に発売されたハウスのザ・カリーは、水と同時にブイヨンペーストを入れるのが特長であり「ブイヨンペーストがカレーのコクと香りをいっそう引き立てます」と説明されている。よりスパイシーなものを好む層に向けてこのブイヨンペーストをスパイス抽出物に置き換えたような商品を他者から出されることを牽制するための出願だったのかなと思う。

ハウス ザ・カリーのパッケージ裏面の作り方説明

もともとは、この(どうせ知財界ではめちゃくちゃ有名だろう)カレーの特許の話をあまり主題にするつもりはなかった。焼き菓子やケーキについて調べたのだけど、いまいちいい例がなかったのだ…。でも下記の文明堂の特許がちょっと良かった。

 

(11)【特許番号】特許第6973710号(P6973710)
(24)【登録日】令和3年11月8日(2021.11.8)
(45)【発行日】令和3年12月1日(2021.12.1)
(54)【発明の名称】焼き菓子の製造方法
  :
(73)【特許権者】
【識別番号】398066871
【氏名又は名称】株式会社文明堂東京

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-6973710/29C56A4EB098ED068DD3BF58C6F8297EADFB45C408DBA2B1185D274101ADBF8D/15/ja

 

請求の範囲は下記1つだけでシンプルだった。

(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
生地を160℃〜250℃で焼成する焼成工程と、
  前記焼成工程で生地の芯温に発生した粗熱を自然放熱しながら加圧し、
前記焼成工程後の生地の芯温を80℃〜110℃の範囲とし、
前記自然放熱後の生地の芯温を40℃〜70℃の範囲とし、
前記自然放熱の時間を4時間〜10時間の範囲とし、
前記加圧する時間を4時間〜10時間の範囲とし、
前記加圧を150kg/m2〜200kg/m2の範囲とし、
  前記加圧前の生地の高さを20%〜50%の範囲に圧縮し、
前記加圧後の生地の高さを15mm〜30mmの範囲とする加圧工程と、
を備えることを特徴とする、カステラの製造方法。

カステラを焼いたあと冷ます工程でなぜか加圧することが特徴のカステラの製造方法だ。なぜ圧縮するのか、「詳細な説明」のほうにその理由が書いてあった。

カステラをはじめとして生地を焼成して得られる焼き菓子は、添加物を一切使用せずに三大栄養素を手軽に摂取することができる食品であり、健康志向、栄養摂取の両面から適している。しかしながら、他の食品と比べて嵩高なため、移動の際の持ち運びが不便となり、摂取しにくいという問題がある。

通常のカステラは圧縮なんてしないが、持ち運び用に圧縮したい、みたいなことのようであった。

そして文明堂のサイトを見てみると、まさにこれだろうと思われる、「V!カステラ」という商品が存在していた。

www.bunmeido.co.jp

 

「加圧する」というだけでなく焼成時や加圧中の生地の芯温が一応定義されているものの、この温度は割と普通のようなレベルなので、この温度条件の限定によってこの特許が非常に特殊な製法に関するものだとは言えないと思う。実際明細書にある図面にも、下記のような表があり、この温度条件は普通の(加圧工程のない)カステラとほぼ同じであることが示されている。

図1

だから、まあ、「カステラが大好きで良く焼くんだけどフワフワして体積がでかいのがイヤなんだよねー。圧縮して保存しておきたいっすねー」なんて思ってる人は、焼いたあと冷却しつつ圧縮するといいものができるということがこの特許で示されている一方、それを作って売ることを商売にしてしまうとまずいのである。

 

ところでこの特許、請求項に「自然放熱後の生地の芯温を40℃〜70℃の範囲とし」って書いてあるのだが、上の図1の自然放熱後の芯温は38.5℃なのはどういうことなのか、私にはよくわからなかった。で、どうしても自分が業として圧縮カステラを作りたい場合には30℃くらいまで自然冷却するように工程の長さを調整すればこの特許に抵触しなくなるような気がするが、それで回避できてしまうのはちょっと残念かなという気もしなくもない。

 

ケーキについては、紹介してもいいかなと思った2つの特許がちょうど下記のエントリによって紹介されていたので自分が書くまでもなかった。またいい特許が出てきたら何かエントリ書く。

 

一つは、フルーツケーキの特許であり、焼いている途中にフルーツが偏らないようにする工夫、
もう一つはロールケーキの特許で、2種類の生地でロールをする場合にその生地間にスキマが空いてしまったり生地に亀裂が入ってしまったりするのを防げるような生地について
だった。

https://ameblo.jp/blm-ip-labo/entry-12652937967.html