日本の電機業界が衰退した本当の理由ってのは人によって全然違うよね

その人の立ち位置によって見えてるものと見えてないものが違うから「本当の理由」とかはどう総括されるべきなのかはよくわからない。ただ携帯電話をずっとやってた人からすると下記にかかれている内容は随分的外れに思える。

しかしインターネットの普及を境にコングロマリットが維持できなくなった。デジタル技術の革新が進み、テレビ、ビデオレコーダー、ステレオ、デジカメ、パソコン等、日本メーカーが得意としてきたデジタル家電の機能はポケットにすっぽり収まるスマホに集約された。

しかも利益の源泉はデバイス(ハードウエア)ではなく、プラットフォーム(ソフトウエア)に替わり、アップル、グーグル、フェイスブックといったプラットフォーム企業が主役になった。


http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51791?page=2

利益の源泉とは何なのか。アップルはiPhoneのハードウェアで儲けていないというのなら何で儲けているのか。その解釈自体、人によって全く違うのではないか。



「デジタル技術の革新が進み、テレビ、ビデオレコーダー、ステレオ、デジカメ、パソコン等、日本メーカーが得意としてきたデジタル家電の機能はポケットにすっぽり収まるスマホに集約された。」
これは携帯電話のトップを走ってた連中ならもう2001年頃には分かってた流れである。当時からどうやってプラットフォームを作っていくかが議論されていたけど、まともなプラットフォームは電機メーカーが単体で作れるようなものではなかった。日本全体で1つか2つの強力なデファクトを形成する必要があった。

そして当時の携帯電話業界では、電機メーカが力を持ちすぎてキャリアがメーカの言いなりになることを(キャリアと総務省が)恐れていた一方で、単一のキャリアが力を持ちすぎることも(こちらは電機メーカと総務省が)恐れていた。結果として、強力なプラットフォームが作れないような業界構造が意図的に構築されていたように思われる。


個々の話で行くと1980年代に「ソフトウェア開発者が不足する」警鐘が鳴らされまくった結果かなんだかわからないけどとにかくソフト技術者の数だけを増やそうとした施策のせいで当時のプログラマーたちの質は果てしなく低くて個別のプロダクトならともかく全世界に通用するプラットフォームを作れるような感じではなかった。電機メーカには金がなかったしちょうど就職氷河期にハマっていて若手の採用が抑えられていたために開発力も全く足りなくなっていた。
2005年頃にはキャリア主体で家電全体のプラットフォームを作るってのはいろいろ反発があってどう考えても無理筋、電機メーカ側がソフトウェアだけを軸にプラットフォームを作るのが無理そうだというのがもう明白になってきたこともあって、まだいくらか影響力を持てそうな家電やゲーム向けLSIを軸にプラットフォームを構築するという作戦も検討され少しずつ実行されていたが、うまくいかなかった。これの理由は個別にいろいろだと思う。

だが日本からはそうしたプラットフォーム企業が登場せず、総合電機がアップル、グーグル、フェイスブックに対峙した。空母と爆撃機とレーダーを駆使した連合国に、古色蒼然の大艦巨砲で立ち向かおうとした日本軍と全く同じ構図である。

上の話を踏まえていれば、じゃあ日本でソフトウェアプラットフォームができなかった原因は何なのかというのは大艦巨砲とかそういう話では全くなくて、携帯電話について言えば将来的なトレンドを見据えた上で日本の競争力を増やそうという声よりも、国内の直近の問題を解決せよとの声のほうが大きく、そのために場当たり的にルールをころころ変えて各社の業績予測を困難にさせた結果継続的な投資ができずに沈没した感が個人的には強い。


「日本の電機メーカがそんなことでダメージ受けるはずないだろ」みたいな楽観があった。実際の電機メーカの開発部門は「来年赤字だったらもう事業部解散なんで何の余力もないんですけど」という状態だったにもかかわらずだ。



Androidが最初に入ってきた頃に日本のユーザ向けの機能がまるっきり足りていなかったために各メーカが独自にその部分の実装をやってしのいでいた、みたいなところは大鑑巨砲とは全く正反対の構図である。その頃に日本メーカでコンソーシアムを組んで共通で開発してればもうちょっとマシだったかもしれないけどそういう取組が成功するような気が全くしないところに当時の日本のダメさがある。



話を未来の方向に振ると、とりあえずそろそろジリ貧になってきそうな自動車をどうしたいか、のコンセンサスをまとめる必要がある。特に地図・ナビ関連での投資はGoogleAppleに日本メーカは全く太刀打ちできない状態が続いているので早晩支配されてしまう。地図やナビを支配された状態で自動運転や自動車本体が維持できるような気がしないのだ。ただそういう事柄に対して政治的にどのようなオプションがあって何ができるかはよくわからない。