携帯電話端末の昔話

日本メーカで働いていた僕らが、海外進出がうまく行かなくて悩んで、ノキアエリクソンに勝つ方法をいろいろ検討して「生産力も調達も負けてる。まともに相手したら無理だ」と結論づけたのが2001年くらいだったと思うのだが、この人の「たしかに当時、海外の人が使っていたノキアのけーたいに比べると、日本のガラケーは圧倒的におしゃれで高機能でした。」というのは一体いつのことを言っているんだろう。1999年ごろならわからなくもない。日本の端末は圧倒的に小さくて軽くて最高だと僕も思っていた。ノキア端末が赤外線で通信できてうらやましかったこと以外は。


でも99年だとマトリックスなんかで人気になっておしゃれっぽかったけどな当時のノキア端末。


んで2001年からだったら、じゃあどうやったら勝ててたんだよ? みたいに考えても勝てるシナリオは思いつかないんだ。暁美ほむらみたいにやり直せたとしても同じルートに入っていくシナリオしか頭に浮かばない。もっと前からだったら、2GケータイをGSMでやってれば良かったのか? でもPDC導入って1995年の話だぞ。いつの決定が悪かったんだ? まあ東京の過密具合でGSMを選択すると死んでたような気もするので…。IDOとDDIはGSMでやって、ドコモはPDCでやってたらよかったりしたのか? でもそれ多分メーカのせいじゃないよな。んでもそれで反省してW-CDMAではちゃんと国際標準でやってるんだから、めちゃくちゃ偉いよな、とかいろいろ考えちゃう。



そんでもって「カラー液晶・カメラつき」という戦えそうな武器を手に入れたのが2003年ごろ。「これうまくやれば勝てるかも」って考えたけどうまくできなかった。この理由は決して当時の携帯開発者たちがデジタル化を軽視したわけでも日本が一番だって盲信したわけでもないし(だってノキアが一番に決まってるじゃん)、まあ販売チャネルをちゃんと作れなかったのはあるだろうけど価格決定権を明け渡したわけでもなかったはずだ。「家電メーカの製品はやっぱりオーディオとテレビ」と思ってた人が結構多いのではないだろうか。テレビばっかり考えてた人が戦略を考えたからAppleにしてやられたんじゃないかな。


僕の適当な想像だけど、家電業界がダメになってしまった一番の理由は、2000年前半から各社でテレビ畑の人が偉いポジションについてしまったことで、それはなぜかというと、デジタル機器と言われるものの中ではテレビが一番海外でまともに売れていた or 売れそうだったからであり、それは海外を無視したわけではなくて海外を意識し過ぎたからなんだと思う。しかし不運なことにデジタルAV機器のなかでテレビは結構デジタル化度合い(?)がしょぼかったので、デジタルを軽視したわけじゃないけども結果的にとった行動がデジタル軽視に近いかたちになってしまったんじゃないかな。たとえばCPUとかネット系の処理能力はやたら低いけどMPEG2とかH264のコーデックが最強なSoCをつくったりとか。